『夢のつれづれに』 - 私の願い -

No.102 英霊への敬意

投稿日:2025/09/01 投稿者:大西秀憲
今年8月4日に縁あって「靖国神社」に参拝した。
もちろん今までにも参拝はしていたが、今回は特別だった。
本殿に昇殿して正式参拝できたのだ。
以前から、死ぬまでに一度で良いから昇殿参拝して、本殿の前で英霊に敬意を表したかったのだ。

これも以前から決めていた事だが、昇殿参拝の時には英霊鎮魂のため「吟を奉納」しようと思っていた。
思いがけず、この度両方が実現できて、私は気が晴れ晴れとした。
因みに、英霊に献吟した漢詩は「九段の桜」(本宮三香作)である。

・・・直前に、大塚宮司に「鎮魂の為英霊に吟を奉納したいのですが}と云うと快く承諾してもらえた。
さらに宮司は「折角だから、お祓いを受けたあとで、どうでしょうか?」と言って下さり、それに従った。
同漢詩は「七言絶句」だから全文28文字の詩で、吟詠時間は僅か2分であるが、私は実に清々しい気持ちになった!
どこでどう巡り合わすのか、偶然の機会に感謝した次第です。
何事も実現しようとすれば、永年「思い続ける」ことが肝要であると、改めて思った。

実は私は漢詩には縁が深く、詩歌吟詠道賀堂流の「師範免許」を授かり「賀励秀」の号がある。
詩吟を始めたのは25歳の時からで、徹底的に誠心誠意打ち込み35歳の時、最短年数で「師範免許」を得た。
(私は延べ約60人の弟子を指導したが、中でも宗家へのお返しとして「5人の師範代を育てた」ので御礼はできたと思う)
従って、多くの漢詩と接したのでなじみが深く「約400程」の漢詩を習ったが、今でも一割程度の詩は頭に入っている。
と云う訳で、特に事前に練習などしなくても、「いつでも、どこでも、なんでも」吟ずることができるのだ。
(私は「兵庫県吟士権競吟大会(無差別級・勝抜き戦)」に於ける『吟士バッジ保持者』なので吟詠には絶対の自信がある)

・・・ついでのことながら私は「民謡愛好者」で北海道から九州まで多くの民謡を謡う趣味があり、その年月も永い!
(日本の民謡は独特の旋律なので、海外に行った時に適切な場所で謡うと多くの人が喝采してくれる)

私の靖国参拝、昇殿奉納吟には以上の様な背景があるのです。

それにしても、毎年8月が来るたびに「参拝は公人ですか?個人ですか?」と実に下らないTV局の質問がある!
そこで、我らが石破さんも「内閣総理大臣・石破」で堂々と参拝し、「私が参拝して何か文句あるか!」と云えば良かった。
そしたらマイナス帳消しで人気上昇しただろうに!
石破さんはポケットマネーで玉串を奉納して、お茶を濁した・・・どうせだめならヤケクソでやれば良かったのだ!!
すぐに近隣諸国と朝・毎・東が騒ぐが、その時は例の「ネチネチ問答」で訳の分からんことを言ったら相手はその内諦める!
原爆と靖国と終戦記念と8月は大変忙しい

それより国も国会議員も国民も、やるべき大事なことが1つあるではないか! ・・・みんな忘れている
それは靖国に祀る英霊の「遺骨収集」である。
現在その窓口は「厚労省」であるが、実際には組織だって何もせず、民間のボランティア団体が自費で営々と行っている。
そもそも厚労省に大東亜戦争の戦死者の遺骨収集を担当させることが間違いである。
(戦争に負けて戦地から引き揚げてくる軍人の調査・把握のための組織として厚生省が担当しただけなのだ)
要するに、国として組織立っては何もしていないから、外地に於ける「戦没者遺骨」は、そのまま放置されているのだ。

その数は「約120万~140万人」だと云うが、確かな数字は全く分からないし、誰も確かめようともしない。
今でも南太平洋の激戦地やアジア(特にミャンマー)では、遺骨がゴロゴロあるとボランティアが述べている。
なぜ?国が予算を付けて「大規模に組織的」に短期間で取組まないのだろうか?
戦死して、放置されたままの英霊は「国の命令(赤色の召集令状・ハガキ)」で戦争に駆り出された人達である!!
国家の命令で徴兵しておきながら「死んだら知らん!」はないだろう!!
・・・こんな破廉恥で支離滅裂なことをして平気だから、いつまでもアメリカの属国・植民地のままなのだ!

因みに日本の宗主国・アメリカは不明戦士の捜索・収集は組織的に大規模に徹底して行っている。
それは国防総省内の部局として「DPAA]と云う組織である。
第二次世界大戦から現在の戦闘まで一貫して「戦死者・行方不明者」の捜索と遺体・遺骨の収集を大規模に行っているのだ。
DPAAの取組は、国の為に戦った戦士だから「それは国の責務だ!」と書かれている。
あたり前の事だが、これは国として何よりも重要な事だ!と私は思う。

遺骨収集は難しいことではない! 専門の組織を作り、予算を組めば「前に進むこと」なのだ!
総理大臣が国民に向かい、「金はかかるが、英霊の遺骨収集に取組みたい!」と言えば、誰もが応援するだろう。
今も遠く離れた異国で朽ち果て・埋もれている尊い英霊達が「祖国・家族を想う、熱い思い」に応えるべきなのだ!
何もせず、放っておいたら50年もすれば「誰も事実すら知らない国」になってしまうだろう。
なぜ国や国会は「こんな大事なこと」を避けて、涼しい顔をしておられるのだろうか?

アメリカにできて、日本に出来ない訳がない! ただやる気が無いだけである!
早急に「日本版 DPAA」を防衛省内に造るべきだ! 

「お国のため・・家族のため・・」と遠い戦地で無念にも散った尊い英霊・同胞の遺骨収集をしないと「戦後は終わらない」
・・・目覚ましい経済発展をしたのだから「もはや戦後ではない!」などと言うべきではない!


モノづくりの原点…それは「人と社会を結ぶ応用技術」

応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。