『風の見える朝』

No.88 當屋(とうや)

投稿日:2007/09/20 投稿者:大西秀憲
「當屋(とうや、と呼ぶ)」と云う制度がある。
これは、私の生まれ育った村(つまり現住所)である奥播磨に伝わる風習である。
いつごろ(何時代)から出来たのか定かではないが、江戸時代には既にあった。
なぜ分かるかと云うと、江戸時代の「和暦」が書いてある書付が残っているからである。
新興都市には、この制度は無い。
少なくても2~300年前から人が住んだ集落がないと成立しない制度だ。
だから必然的に(現在で云う)田舎である。
これは私の想像だが、これは日本全国にあった制度だと思っている。
驚くべきは、この古い古い制度が、現在まで続いていることである。

當屋とは神社を守るための組織である。
正しくは「當組(とうぐみ)」が組織であり、當屋は當組の頭(かしら)のことである。
當組は普通6軒の家で構成する。 ・・・但し、私の村の例
そして當組は一つの集落(村)に複数存在する。・・・隣保とは全く異なる組織。
例えば5つの當組が存在する場合、30軒の家で構成され、神社を守る仕事を行うのだ。
その年(1年間)の30軒の頭を「當屋」と云うのである。
昔は、この頭は「くじ」で選ばれた(と云うより当たった)。
神様(氏神神社)の世話をする頭なのだから名誉なことであるが、実際は嫌われた!
・・・「当たらないように!」・・どうぞ「当たりませんように!」と神に祈ったのだ。
実際、おかしな話である。
実は、当たったら困ることがあった。

當屋に当たった家は、當組全ての家を招待して「酒とご馳走をふるまう」のである。
昔は「仕出屋も弁当屋」も無かったから、全てその家が調達して料理したのである。
当然、酒も、神様のお供えも、全て當屋の賄いであった。
現金収入が非常に乏しい中、魚・かまぼこ・ちくわ、などを大量に買う必要があった。
つまり、出費と家の賄い、そして接待が大きな負担となるので、嫌われたのである。
當組の交代は毎年、秋に行われた。
旧當屋で「くじびき」が行われ、新しい當屋が決まると「神社の旗」を立てた。
そして、この旗を見るとこれから1年間の「當屋」はどこか?すぐに分かったのである。
立った旗を見て、皆が気の毒そうに「なぐさめ」を云った。
それは主として「来るべき出費」を思ってのことであった。

ではなぜ?當屋が酒や料理を作ってふるまうのか?
それは、神への感謝や五穀豊穣、祭り、など色々理由はあるが、私は「口実」だと思う。
要するに「酒を飲み」・「ご馳走を食べる」ための大義名分だったのではないか?
現在とは経済も環境も全く異なる時代、いつでも自由に酒が飲めず、ご馳走もご法度だった。
従って、誰にも遠慮なく飲食ができる場作りとしてできた「制度」ではないか。
今も昔も酒が好きな人は変わらず居る。
しかし昔は、現金も少なく、機会も無かったのでいつでも酒が飲めなっかたのは事実である。
このことを永い間の「人の知恵」として考えついたのが當組の制度だと思うのだ。
これによって年に4回酒を飲む「口実」ができる。
・・・正月・盆・祭り・そして當屋である。

私が中学生のころ、我が家に當屋が当たった。
申し送りとして、古文書が入った當組「七つ道具」が届けられる。
それらは60cm×40cm×深さ40cm位で色が茶黒くなった蓋付きの木の箱に収められている。
この中を全て見たことがある。
全ての文書は毛筆で書かれ、歴代の當屋の記録である。
どんな材料を作ったか、どんな献立をしたか、全て記録されていた。
達筆な字で、しかも草書に近い形で書かれていたので細部は解らないが少しは読めた。
なぜ?材料や献立や酒量を細かく書き付けているか?理由は次の當屋への配慮である。
田舎、特に「百姓家」は体面(世間体)を非常に気にする。
だから、自家が當屋をする場合には地味であっても派手であってもだめなのである。

ところで、小さい時から永い間疑問であった「當屋」の事が偶然分かった。
東京・秋葉原のガード下に「当番屋と云う名のメシ屋」がある。 
偶然その店に入って、壁のポスタを見ると「当番屋」について説明が書かれていた。
そこには、当番屋は神社の世話をする組織で「とうや」と呼び、當屋とも云うとあった。
それを読んだ時に當屋についての疑問が全て分かった。
字は違っても、神社の世話をする輪番組織であり「当番屋」も「當屋」も同じである。
日本中にあった「しくみ」らしい。
目的は神社を永遠に守っていくための世話担当組織である。
これがもう一つの當組の目的であり、氏神に属する家々を「氏子」と云う。
このようにして、日本中の「土地の氏神さん」が現在まで続いてきたのである。
氏神様は、その土地を守る神様である。
要するに村の安全と天変地異が起きないこと、そして五穀豊穣のお願いをする神社である。
 
正月には、ほとんどの日本人が神社にお参りする。
土地の氏神様に新年早々にお参りして、1年の安全をお願いするのを「初詣」と云う。
転居した人も、新しく住んだ所にある神社が「氏神(土地の神様)」である。
ところが最近では、正月に土地の氏神に行かず「遠くの有名な神社」に行くようになった。
「初詣」と「レジャー(旅行)」を混同している。
「初詣」の意味を全く理解していない愚かな行為だと思う。

モノづくりの原点…それは「人と社会を結ぶ応用技術」

応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。