『風の見える朝』

No.63 お正月について

投稿日:2005/01/25 投稿者:大西秀憲
年末・年始を含めて7日の休みが取ったので正月はゆっくり休めた。
特に31日の朝、目が覚めると一面の銀世界で思わぬ大雪だったせいもある。
とにかく雪が積もっているので外の仕事ができないから内に居るしかない。
そんな訳で、余計に今年の正月はゆっくり休めたように思う。
何もしないまま過ごしていると、いろいろと気が付いたことがある。
そこで正月について気が付いたことを書いてみる。

○国旗について
先ず気が付いたことは国旗を掲げる家が非常に少ないことである。
近所を見てみたが、ほとんどの家が国旗を出していないのだ。
これはどうしたことだろうか?
国民の祝日には国旗を掲げるが、例え祝日に掲げなくても正月だけは別だ!
日本の文化では正月を非常に大切に扱う。
12月にクリスマスツリ−を飾って、イブだプレゼントだと年々派手になる。
ツリーと電飾を飾るのなら、なぜ正月に国旗を掲げないのだろうか?
西洋人は正月をあまり重視しないが、日本人は正月を最も重視する民族だ。
キリスト教徒でもないのに、クリスマスを祝うのはおかしいと以前書いた。
とまれ、クリスマスをさわぐのは流行だから・・・としよう!
しかし、それなら正月の飾りと国旗掲揚も忘れないでしてほしい。

○初詣について
「初詣はどこに行きましたか?」と尋ねる人が実に多い。
考えてみれば、これは実におかしな質問である。
元来「初詣」は新年になってから初めて「所の氏神さん」に詣でることだ。
「氏神さん!今年も五穀豊穣と安全を宜しく御願いします」と言う事だ。
今住んでいる所の神様が「氏神様」である。
その土地で古くから、土地と土地に住む人々を守るのが氏神さんである。
昔、昔の人々はそのような思いで、その土地(所)に神社を造った。
「村の鎮守の神様の・・・」と歌われる、あの神様のことである!
祭りも全て氏神様に感謝する行事のことである。
つまり、最も大切にしなければならない神様が「氏神さん」なのだ。
新年になって厳粛な気持ちで土地の神様に感謝と御願いに行く、これが初詣。
どこに行ったか?などと言う話ではない!
例えば、転勤などで引越した人は、新住居にある氏神さんに詣でるべきだ。
「私はここに住まわして頂くことになりました、つきましては私をお守り
下さい!どうぞ御願い申し上げます」ということなのである。
自動車で何時間もの大渋滞のなか、遠方の神社に行くのは「レジャー」だ。
レジャーに行くのは良いが、先ず「氏神様」に詣でるべきなのだ。
それが、どんなに貧相な寂れた神社であろうが、それは問題ではない!
「氏神さん」に詣でるのは日本人にとって「宗教」とは無関係の行為である。
ここに独特の文化である日本人のアイデンティティのルーツがある。

○料理について
年を取ったせいなのか?どうか?解らないが正月に感動が無くなった。
一つは、料理に対する感動が薄れたのが大きいように思う。
昔は正月が来ると、見たこともない料理が並んでいた。
普段では絶対に食べられない料理の数々であった。
だから、料理を見ただけでも、「あぁ正月だなぁ!」と思ったものである。
なぜか、元旦の朝というだけで、昨日までの「世界」が一新された気がした。
それほど厳粛な気持ちを持って、そして特別な料理を食べるのである。
だから余計に正月に対する思いが強いのかも知れない。
ところが、生活が途方も無く豊かになり、食生活が限りなく贅沢になった。
毎日が以前の正月のような料理を平気で食べている。
このような生活に慣れると、特別正月に対する思いも薄れるのかも知れない。
この意味では「貧しかったころの正月を知らない」今の子供は可哀そうだ!
「料理の感動」を知らないのだから・・・・

○子供の遊びについて
正月に近所周りで子供が遊びまわる姿が見えない!
子供達が連れになって「賑やかに遊ぶ」事が絶えて久しい。
とにかく、非常に静かなのである・・・
一体、何をしているのだろうか?子供たちは!
いくら少子化といっても、子供はある程度いるのである。
ゲームをしているのだろうか? テレビだろうか?
子供の遊びは「たわいがない」ものが多いが、それは一つの文化である。
文化は、子供から子供へ実践を通して、伝えられて行くものである。
それは、集団で遊ぶことで伝承されてきたものなのだ。
この文化があるとき「プツリと切れた」のである。
だから、もう子供は集団で遊ぶということを全く知らないのである。
そんなことはない!「サッカー」や「野球」で遊んでいる!と言う。
しかし、それはサッカーであり、野球である。
昔の子供の遊びには、今のサッカーや野球では決して学べないものがあった。
年長者がいて、序列があって、「泣いたり泣かされたり」、「いじめたり」
「いじめられたり」、笛の作り方や鉄砲の作り方や、大げさに言えば生活の
すべを、集団の遊びの中から自然に学んだように思う。
これが、今は全く無い。
子供なりの世界を、次の子供に伝えていくものを持たない子供は何だろう!
子供の非行や教育の荒廃が言われているが、その原因はここにある。

以上、正月について感じたままを書いた。
国際化、ボーダレス、グローバリゼーションといろいろ言われている。
しかし、その前に日本人であることをしっかりと自覚しなくてはいけない。
独自の文化を放棄した民族は、絶対に尊敬されないし、繁栄しない!

モノづくりの原点…それは「人と社会を結ぶ応用技術」

応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
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