『夢のつれづれに』 - 私の願い -

No.42 二つの大ウソ、その①

投稿日:2016/09/01 投稿者:大西秀憲

教育というのは恐ろしい。
  教える側の意図で、白が黒になるからである。(サギをカラスと教えると、実際にそうなる)
    つまり、国家権力を握った側が自由に民を操ることができるのである。
      これは全世界、人類史上不変の真理であり、つまり自由に歴史を作文・作画できることを意味する。
私は子供の頃の教育によって、つい最近まで「二つの大きなウソ」で洗脳されていたことに、やっと気が付いた。
  ・・・二つのウソとは:
       ① 江戸時代は悪く、明治維新は正しい
       ② 日本は世界では小さな国で、悪いことばかりしてきた

一つ目のウソは50歳を過ぎてから、分かってきた。
  結論から云えば、江戸時代(徳川政権)は民と国にとって良い時代だったと思うのである。
    ところが学校では「真逆」のことを教えられた。
江戸時代は、「封建的で、身分制度が厳しく、民は搾取と抑圧され惨めだった」と教えられた。
  本当か??
    ならばなぜ?江戸文化が花開き、人口が3倍にも増えたのか?

極め付きは「270年間、平和が続き、戦争も無く、外国にも侵略されなかった」事実を、どう説明するのか?
  私は、江戸時代は「貧しいが豊かな国」であったと思っている。
     一方、現代は「豊かだが貧しい国」である。

明治維新と云う綺麗な言葉で表しているが、実態はテロによる「クーデター」であり、革命ではない!
  これは、薩摩と長州が自分達を正当化するための、都合の良い誤魔化しである。
     正当化するためには、前政権(徳川)は悪くなければ、辻褄が合わない。
        従って、江戸時代を全否定し、明治維新を賛美したのである。
           これを俗に、「歴史の改竄」と云う。

私は、明治以降は日本の民にとって、間違った選択と不幸への一本道だと思う。
  その具体的な理由として、明治維新以降、僅か80年ほどで「日本は滅んだ」からである。
     徳川政権は270年も続いたのに、薩長政権は80年ほどで、戦争に敗れアメリカの「属国」となった!
        つまり、民にとっては江戸時代の方が良かったのである。

では、薩長(つまり明治政権は)は何を間違えたか?
  ① 「下層階級の武士」が(つまり能力も無いのに)中央政権を取り、私利私欲で突き進んだこと。
  ② 自分達の権力を行使するため「天皇」を利用したこと。
  ③ 「富国強兵」を強引に突き進め、無条件に欧米の「猿真似」をしたこと。
これでもって国を運営したらどうなるか?
  結果は、ご存知の通りである。

例えば、「天皇」に軍服を着せ「白馬に乗せ」軍の頂点に位置づけた。
  つまり、政権(軍部)には、誰も逆らえないようにしたのである。
     都合が悪ければ「天皇」を持出せば、一言で全てが決着したのであるから、痛快である!
       (古代より天皇が政権に着けば「ろくな事がない」のは歴史が証明している・・・)
          これで持って、軍部は独走した。
             そして「滅んだ」のである!

下層階級の武士(薩長)と中央政権の武士(幕臣)には雲泥の差があった。
  例えば、江戸時代末期の徳川政権(幕閣)の人材に「小栗上野介・忠順」が居る。
    彼は、条約締結の副使としてアメリカに行った
       この時、アメリカ国民は小栗の人物・人間性・品性・教養に驚嘆し、絶大な歓迎で応えたのである。
          (更に、公園に名前まで付けた) ・・・詳細は別のコラムを読まれたし。
          当時のアメリカの政権は、小栗に驚き、そして感服したのである!
             (当時の記録はアメリカで本にもなっているので関心があれば読まれたし)

  一方、テロと「天皇利用」によるクーデタで政権を取った薩長(つまり明治政府)の指導者はどうか?
    明治になってすぐ大規模な使節団を結成して、彼らはアメリカに行った。
      行ったのはよいが「馬鹿にされて」すごすごと帰ってきた!
        アメリカの大統領府は「お前ら本物か?」と思ったそうだ。
           なぜなら、彼らは「国際的な使節の体をなしていなかった」のである。
              大久保などは一度日本に「書状を取りに帰った」のである・・・実に酷い、お粗末さ!

一行は計画した期間を大幅に延長し、アメリカからヨーロッパを回り、帰国したが「失意の帰国」であった。
  「徳川政権の使節」VS「明治政権の使節」、この違い! 正に「月とスッポン」である。
     要するに「人間の物が違う」のである!
 こんな輩たちが「私利私欲と自由無節操に突っ走った」のであるから、結果は破滅であることが理解できる。

毎年8月15日が来ると「戦没者慰霊祭」が行われる。
  ここで云う慰霊祭とは、「第二次世界大戦(日本では大東亜戦争)」で亡くなった方々への慰霊である。
     人々はメディアに向かって異口同音に「戦争は悪いことだ、絶対にしてはならない」と述べる。
        それはそうである。

ところが、私は非常に違和感を持つ。
  戦争は太平洋戦争だけか?
     違うだろう!  日清戦争では約14,000人、日露戦争では約116,000人の死者である。
       なぜ? 1941年~1945年の戦争だけを対象にするのか? 分からない
          たぶん、何か意図があるのだろう・・・
             それとも、日清・日露は良い戦争で、太平洋戦争だけが悪い戦争だった、と云うのか?

とにかく、軍人に特権を与え、軍人を跋扈させ、その結果、戦争に負け、敵の属国になり、民族DNAを捨てた!
  全て「富国強兵」をスローガンに据え、民を間違った方向に進ませた薩長(特に長州)の責任である。
     このことを中心に据えて「慰霊祭」をして反省するのなら、私は賛成である。
       (周辺諸国に馬鹿にされ、脅され、毟り取られる、こんな国が世界から尊敬される訳がない)

とにもかくにも日本は「150年前に進むべき方向を間違った」のである!
  日本は「東洋のスイス」を目指すべきと、私は思っている。
     幸い「周囲が海の島国」である日本は、それが実現できると思っている。

2100年ごろ、日本に現れる「英雄」が、日本を良い方向に導いてくれることを期待している。

 (② 日本は世界では小さな国で、悪いことばかりしてきた)のウソは次のコラムで書く

モノづくりの原点…それは「人と社会を結ぶ応用技術」

応用技術で暮らしを支えるモノづくりを。
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